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SHERE THE Real

2018 SUMMER

青井 茂株式会社アトム 代表取締役

日常という鎖を、旅という斧で断つ。
その瞬間の解放感は名薬であり、麻薬でもある。

僕は、旅が好きだ。1年間のうち、4カ月は旅に出ている。正確に言えばそのほとんどは出張だが、仕事の合間でも時間があれば街を歩く。この10年で最も印象的だったのは、キューバの旅だ。ご存知の通りキューバは社会主義の国であり、どれだけ働いても給料は一定、良くも悪くも競争はなく、食べものは配給制。ある日、ハバナの街を歩いていると、キューバ人と親しくなった。彼は僕を家に招き入れ、冷蔵庫を見せてくれたが、その時は本当に驚いた。配給前とはいえ、なかにあったのは卵がひとつだけだったのだ。「もし今日、配給がなかったらどうするんだ」と聞いたら、「大丈夫だ」と彼は笑った。「きっと誰かが助けてくれる」。そう言ったあとで、「一緒に昼飯を食わないか」と僕に声をかけてきたのはもちろん「奢ってくれ」ということだが、この国ではそれが当たり前なのだ。

人によってはタバコとか酒とか、「これが無くちゃ生きていけない」という中毒があるだろう。ギャンブルとか恋愛とか、何かに夢中になることは自分の魂をそれに明け渡すことでもある。僕の場合、そういう中毒はないのだけど、強いて挙げれば旅だと思う。思いつくまま出かける自由な旅。なぜそんなに旅が好きなのかといえば、そこでは僕の想像をはるかに超える、突拍子もない体験が待っているからだ。インドではインド人と喧嘩ばかりして、滅多に怒らないこの僕が何度も声を荒げた。エストニアではバスに乗ろうとしても行き先の文字すら読めず、子どもみたいに右往左往した。ベナンでは街から数時間も行った場所で乗っていた車が止まり、途方に暮れた。とにかく、旅先での僕はいつも必死だ。本能を全開にして、ぶっ飛んだシーンに体当たりする。そんな瞬間が大好きだ。

以前、ある評論家は日本の若者について「欲なし、夢なし、やる気なし」と言った。そして、「日本社会最大の危機は、若者たちが人生に対する決断力と想像力を失ったことだ」と述べた。確かに、旅先で日本人の若者に出会うことは珍しくなり、飛躍を夢見て海外に留学する青少年に日本勢は少ない。だが、日本の若者が本当に欲も夢もやる気も持っていないのかと言えば、僕は本当にそうだろうかと思う。望めばなんでも手に入るこの世の中で、心に火をつけるための導火線が長くなり、なかなか燃え上がらないだけじゃないか。

思い返せば、僕だって若い頃は欲がなかった。幼い時にはプロ野球選手に憧れ、学生時代は野球の練習に打ち込んでいたが、一方で、僕はいい子ちゃんでいることをやめられなかった。カメレオンのように状況を察知し、ぬかりなく周囲の期待に応える優等生を演じるには、個人の夢や欲は邪魔なのだ。いい子ちゃんでいることをやめ、自分の意志と共に生きようと決めたのは、趣味で続けていた野球で怪我をした時だ。立つことも歩くこともままならず、僕は1年以上自宅で過ごした。初めて死を意識したのもこの時だ。幸い命に関わる怪我ではなかったが、「人間って意外と簡単に死ぬんだな」と実感した。

そこから僕は自分の“宿題”を考えるようになった。人には何か、持って生まれた使命があるのではないか。それを果たすために人は輪廻転生を繰り返すのではないか。僕は自分の宿題を考えた。そしてそれは、祖父の遺したDNAを次の世代へ手渡すことだと自覚した。

これまで僕は偉大な祖父や父を持ち、経済的に恵まれ、何一つ不自由なく育った。そんな環境を人に羨ましがられることも多かった。もちろんそれは否定しない。確かに僕は必要以上に与えられ、守られ続けてきたのだから。だが正直言うと、僕には人生の選択肢はあっても、選択権はなかったのだと思っている。いや、両親からあとを継ぐように指示されたことはない。だが僕は、物心ついた時から祖父の業績を背負い、言葉にならないプレッシャーを感じていた。そこから逃れるために、学生時代は野球に打ち込み、誰よりも強くありたいと必死に練習したのかもしれない。

しかし怪我をして、「人間はあっけなく死ぬ」という現実を知った時、僕はこのままでいいのかと思った。何気なく、祖父の人生をまとめた書籍を本棚からとり、改めて読み直したこともきっかけとなり、僕は、祖父がこの世に遺したものを後世へ継ぎ、発展させていくことに本気で挑戦しようと思った。これが僕の宿題なら、そこから逃げることは人生そのものを捨てることになる。たったひとつの宿題くらいろくにできず、一体なんのための人生だ。僕自身には、ゼロから事業を起こす力はないかもしれない。だけど、僕なりのやり方でこの事業を成長させ、次の世代へ手渡すことはできる。

振り返れば、僕が旅をやめられないのは、旅では僕が背負っているたくさんのもの、つまり、祖父の業績とか、名声とか、三代目としての立場とか、そういうものから自由になれるからだと思う。僕は普段いくつもの鎧を身につけて刀をさげ、無意識のうちに完全武装しているのかもしれないが、旅ではそれらを脱ぎ捨て、素っ裸の自分になれる。僕が相手を知らないように、僕が誰か、誰も知らない。ひとりの名もない人間として、何にでも全力でぶつかっていける無重力感にワクワクするのだ。

旅を終え、飛行機が東京へ近づくと、僕はいつもの顔になる。素っ裸で未知の大地を走り回っていた残像が少しずつ遠ざかり、僕は、「A-TOM代表取締役」という戦闘服を身につける。そして、見慣れた戦場へ向かっていく。怪我をして、死を思ったあの時から始まった僕の戦いは、一体誰と、何のためのものなのか正直まだわからない。だが、あの時から僕の中で旅に対する欲望がますます強く燃え上がったのは、確かだ。

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