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SHERE THE Real

1 2017 AUTUMN

青井 茂株式会社アトム 代表取締役

オール5のいい子ちゃんを目指した街づくりが、
東京の文化を破壊していないか。

不動産という仕事をしているからだろうか、僕は普段から街を歩くのが大好きだ。仕事柄頻繁に海外にも出かけていく。言葉が通じない、看板も読めない、バスに乗ろうとしても行き先がわからない。そんな不便もあるけれど、旅先でいちばん楽しいのは、その街の素顔に出会うことだ。大通りからちょっと横道に入ると、そこではいつでもドタバタ賑やかな日常劇場が広がっている。その空間には、経済合理性なんてかけらもない。だけどとても個性的で、カラフルで、ほんの少しお邪魔しただけの旅人さえ、あっという間に魅了する。

それに比べて、近頃の東京は退屈な街になってきた。山手線で一周して1時間。どこの駅で降りてもほぼ間違いなく高層ビルやマンションが並んでいる。毎日なにか古いものが壊され、代わりに新しいものが作られる。作って壊す、そしてまた、作って壊す。30年周期でスクラップ&ビルドを繰り返す日本の不動産様式には、一体どんな意義があるのかと思う。資本主義の中の経済合理性。それらを根拠に建てられたビルがどんどん街を覆い尽くせば、おのずと景観は単調になり、地価も上がり、そこを生活拠点にする人も入れ替わる。横道にあった小さな商店は耐えきれずにその地を離れ、さっきまでそこにあった「文化」はじわじわと侵食されて消えていく。

僕は、「文化」の根底には「遊び」があると思っている。「遊び」から「文化」が生まれると言っても、間違いではないかもしれない。でも、日本が経済的に大きく成長を遂げる間に、気づけば東京から「遊び」が消えた。だからひとの心には余裕がないし、異質を受け入れる多様性も損なわれてしまった。だけど、たとえば整然とした大都会に突如、違和感を感じるものやおかしみのあるものが現れたら、無性にワクワクしないだろうか。事実、僕は六本木の裏通りの端っこに、まるでサザエさんが住んでいるような家を見つけると、なんとなく嬉しくなる。その横に、駄菓子を売っている店があれば最高だ。結局、「無駄」と「遊び」は違うのだ。スクラップ&ビルドで造られた東京の街は、「無駄」を排除するつもりが、もともとそこにあった「遊び」まで排除してしまった。だから、東京から「文化」が消えた。必要以上に景観が整えられ、多様性を失った街に並ぶ完璧なビル群は、まるで隙のないオール5の優等生集団みたいだ。確かに収益性を考えたら、最高のいい子ちゃんだ。でも、人々の心に残らないし、記憶の爪にも引っかからない。

僕らの会社A-TOMが作ったコートヤードHIROOは、決してオール5の優等生じゃない。もともとこの建物は、昭和43年に団地型集合住宅として建てられ、旧厚生省公務員の宿舎や駐車場として長く使われていたものだ。その後、しばらく空き家として放置されていたところを、僕たちの会社が手に入れた。僕には最初から夢があった。ここを舞台に、これまで東京で誰も挑戦してこなかったことに挑んでやろう。それが、「既存の建物を壊さず、新しい複合施設として再定義する」ということだった。建物の歴史的佇まいや敷地バランスを現代の生活に合わせた形で再構築し、都市生活に豊かさを取り戻す。そのために考えたのが、コートヤード(=中庭)としての再スタートだった。

もちろん資金回収のスピードだけ考えたら、古い建物を完全に取り壊して巨大な高級マンションを建てた方が、ずっと単純で簡単だ。A-TOMヒルズとか、A-TOMレジデンスとか、そんな名前をつけて売り出せばたちまち資金を回収できる。だがそんなことは、僕たちでなくても可能だ。僕たちA-TOMは今の不動産業界に一石を投じたいと思っているし、僕たちにしかできないことがきっとある。今後100年、200年というスパンで持続可能なモデルを提案していくという想いを、今の時代にとんがったことで示したかったのだ。もっと正直に言えば、A-TOMはこれまでの不動産業界のいい子ちゃんであり続けることを放棄したかったという想いもある。僕は子ども時代、オール5を目指そうとする人間だった。「いい子」でいなければならないと常に心掛けていた。本当は算数や国語が1であっても、体育が5以上であるような、何かに突出したヒーローでありたかったのに。40歳にしてそんな幼少の頃を思い出し、自分自身の殻を破りたいと感じている。

コートヤードHIROOが誕生して、3年が経つ。当初は「東京の人口のうち、3%の3%に響くプロジェクトにしたい」という想いがあった。東京の人口の3%は36万人だが、こんなに多くの人を相手にするのは、超大手企業に任せればいい。3%の3%は約1万人。このひと達を動かすことができたら、なにか新しい文化を生み出すことができるのではないか。一過性で終わるブームではなく、きちんと東京という土壌に根づく文化を作れるはずだ。僕たちはまず、このラインを目指した。現在、コートヤードHIROOを訪れるひとの数は、年間約2万人だ。スタジオで運動するひと、ワークスペースで働くひと、レストランで食事をするひと、イベントにやってくるひと。ここでは毎日、たくさんの出会いがあり、多様な価値観が交差する。「気持ちいい空間だ」と、訪れたひとに声をかけてもらい、ここで出会ったひと達が親しげに交流を深める様子を見ることは、僕らにとってこの上なくしあわせだ。

四角く切り取られた東京の空を見上げながら、僕はいつも考える。不動産という仕事は、決して土地や建物を扱うだけじゃない。土地や建物という動かないものの上に流動的な価値を作り、文化を発信していく責任も負っているのだ。将来ここに集まるひと達の、まだ目には見えない未来の営みまでも創造するのが不動産という仕事なら、そこには競争原理は働かない。むしろ、業種の垣根を超えてたくさんの企業や団体が手を取り合い、本当の豊かな生活に向けてひとつの価値観を共有する。そこには体育が5のヤツもいれば、算数が5のヤツもいるだろう。そんな知恵とアイデアの集合体が、東京をもっと魅力的で創造性のある街に変えていくのだと思う。

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